今日も仕事を終え時計を見たら21時だった。
帰り支度をし帰路につく。
いつものように駅を降り。
近くの公園のベンチで一息つく。
寒くなったのでホットココアにした。
駅から自宅まで徒歩圏内だが、夜の誰もいなくなったここがお気に入りだ。
脳が欲しているのか一口目のココアはすごく甘く感じる。
飲み込んだ後のため息は、静まり返った暗闇の中で白く広がっていった。
トラブルとまではいかないがクライアントから小言を言われた。
自分でも気にしていたことだったので思いの外落ち込んでしまった。
会社の方針もあり、動こうにも動けない状況がそこにはあった。
でもそれを言い訳にはできなかった。
人に任せればいいが、それほど器用でもない。
周りからは責任感があると評価されているが、実は違う。
ただ単に不器用なだけだ。
抱えてしまう性格であることは誰にも知られていない。
このベンチは1日をリセットできる唯一のパワースポットなのかもしれない。
出勤し、仕事をこなし、帰路につき、このベンチで急速充電するわけだ。
まるでお掃除ロボットのように。
俯瞰して想像すると自分が実に滑稽に思える。
もし、お掃除ロボットに感情があったなら、部屋から出て、家からも出て、外へ行きたくなるのだろう。
無意識に想像してしまった。
そんなことを思っていると、気持ちが楽になった。
やはりこのベンチは急速充電器かもしれない。
気付けば握っていたココアの缶が冷たくなっていた。
ボーっとしているだけだが時間の経つのは早い。
ジジジジジジジジジジジジジジジ…
腕時計のアラームが鳴った。
左手のルクルトメモボックスが0時を指していた。
この時計を愛用するまでは、気付けば0時を過ぎることが多くあった。
1963年製 ジャガールクルトのメモボックス。
今から59年前のアンティーク懐中時計だ。
懐中時計ではあるが、当時のトラベルウオッチ。
旅先で裏側のスタンドを出せば机に立てかけて置くこともできる。
トラベルウオッチだけあってアラーム機能がある。
現行メモボックスの先祖になるのだろうか。
うんちくになるがメモボックスとは「MEMOVOX」と書く。
実はラテン語が語源。
MEMOR … 想起
VOX … 声
この2つの造語。
MEMOVOX … 想起させる声
という意味だそうだ。
セミのような音がいつも私を想起させてくれる。
「そうだ、明日から旅行にでも行ってみようか。」
気落ちする私にルクルトがそう思い起こさせてくれた気がした。
予定はなかったが明日から有休をとっている。
あえて予定を立てず、心おもむくままに…。
「何時に起きようか…」
ルクルトのアラームをセットする心は弾んでいた。
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